猫と暮らすということ
猫と暮らすということは気づきの連続です。それまで猫の生態など知らなかっただけに、何もかもが新鮮。それにクロネコは甘えん坊らしい。まあ、人にべったりではあるが、それは家族だけ。例え親戚でも、誰かが来訪すると逃げるは逃げる。とくに大柄で声の大きな男の人が怖いようで、もう家に入る前に姿を隠してしまう。そして何時間でも姿を消したままに。その恐怖の対象が帰ると、計ったように姿を現し、そして匂いをチェック。あの河川敷で誰にでもすり寄っていた姿は、もうそこにはなかった。

そんなビビりなクロネコ・ミーだが、散歩するのが大好きである。朝と夕方にキッチンのドアの前に陣取り、主を呼んで、今か今かと散歩待ちをする。犬と違って猫の飼育での最大のメリットは、猫は散歩がいらないこと。この散歩の有無によって、人間の生活は大きく異なってくる。一戸建てならともかく、共同住宅だと散歩に出かけるのが一苦労。それに、毎日、決まった時間に準備が必要で、時間が取られてしまう。その最大のメリットが無いのは、猫を飼っている意味がないのでは。ただ本人が望んでいるならば従うしかないのが悲しい現実。と言っても、敷地内の駐車スペースから出ることはなく、クルマの前で猫得意の香箱座りをして、動かない時間がほとんど。ジッと前方を見る姿勢で、行動を眺めている姿は、世間を見せているようではあるが、人の気配を感じると脱兎のごとく逃げ出す。その時の目にも止まらぬ俊敏さで、ハーネスから一瞬で抜けてしまうことも。ある一部の製品しか役に立ちませんでした。
この香箱座りは英語でcatloafと呼ばれているとか、その姿がパンの塊に見えることから呼ばれているらしい。たしかに香箱など、今となっては形もわからないが、香箱座りはなんか粋(いき)なんだよね。





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