仏像から昆虫や鳥の木彫への変化
虫然氏が最初に扱った昆虫は、巨大アリである。依頼があったのではなく、自分の創りたいという渇望から生まれた。

京都から帰ってきて最初に彫ったのは十一面観音だった。、全長1メートル25センチある仏像は、地元の新聞社の記事を見たそば屋の主人から依頼されたものだった。他にも習得してきた寄木造りを存分に生かし仏像を数点、近くの寺院へも納める。しかし、仏を彫るには多くの規律(ルール)を守らなければならない。元来、遊び心を持った型破りな仏師である虫然氏。昆虫博物館は頓挫していたが、すぐに大好きな昆虫や鳥の制作に取り掛かる。依頼されていたものではないので、それが売れるかなどとは頭の片隅にもなかったはず。ただ、巨大アリが完成したときの感情はそれまで味わったことのなかった満足感と達成感だった。また、それが雑誌でも取り上げられ、自分の好きなものを作ることを第一とするようになる。巨大アリに続く、巨大昆虫シリーズに取り組むことになる。わたしが実際に見れたのは、「カマキリ」「ショウリョウバッタ」「トノサマバッタ」程度だが、その造形のリアリティさは荘厳でさえある。やはり、仏像彫刻の感性のなせる業なのだろう。また、殆どの作品が左右対称ではないことが、その昆虫を生き生きとさせている。まさに襲い掛かりそうなカマキリ、一歩踏み出そうとするバッタ、その躍動感も見事である。

仏師の持つ哲学的感性と、水木しげる氏のアシスタント時代に学んだ遊び心が見事にマッチし、昆虫や鳥の木彫に打ち込むことになる。話は変わるが、アシスタント時代に先輩だったのが、一部に熱狂的なファンをもつ漫画家のつげ義春氏。本格的な仏師になった後も尊敬していたとのこと。つげ氏の独特のマンガも哲学的であり、その感性や表現から受けた影響も大きかったはず。我々凡人には計り知れない世界を共有していたのだろう。



杜虫然氏のホームページ





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