仏師としての名前「杜虫然」の必然性
鳥と虫が大好きであると自認する虫然氏。感性だけではなく、創作のための観察も徹底していた。
虫ならば生きているものを採集し、四六時中観察する。ケースに入れた虫を愛でるように、何時間でも眺めていたらしい。しかし、飼育はできない。観察だけに全感覚を集中してしまうのだ。結局、奥さんが飼育を担当するのだが、虫の飼育はご存じのように簡単ではない。すぐに死んでしまうことがほとんど。そのときは奥さんに責任をなすりつける。全く以て自分勝手である。だが、この子供のような感覚が自由な発想には必要なのだろう。しかし、周りの者は大変ではある。
50歳でそれまでの芹沢木黙から杜虫然に名前を変える。杜虫然にした意味合いは、林や森などの自然の中で虫でいたいという想いから付けたとのこと。やはり虫を心から愛していたのだろう。また、木黙は、仏師の姿勢から付けた名前。木は黙して語らず。しかし、そこから仏を掘り出すという、仏師そのものであること。その仏師としての名前から、本来の自由な発想を表現するためには改名も必然であった。

これらの作品の一部はアートギャラリー庵とギャラリー梟で取材、撮影をさせていただきました。群馬県の榛名山の麓なので、近所でなければ簡単には訪問できないが、伊香保温泉にでも行く機会があったのならば、足を延ばせば、そう遠くはありません。
ちなみにアートギャラリー庵を経営しているのは、虫然氏へ仏師になることを勧めた方。オーナーも気さくな方ので、話を聞いても楽しいはず。ただ住所からでは訪ねるのは難しいと思われます。また、ギャラリー梟は杜虫然氏の遺されたご夫人が自宅を利用して展示しています。ただ、こちらは現在でも営業しているのかは不明です。申し訳ありませんが各自でご確認してください。


杜虫然氏のホームページ





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