大切なのは好きであること、そして観察すること
虫然氏が虫を彫ることになったキッカケを昆虫博物館の計画と説明したが、それはキッカケであって、昆虫への創作意欲は元々あった。
虫の持つ美術的要素。他の動物とは異なる外骨格が生み出すシャープな質感や合理的な形状。芸術家として美意識を抱くには十二分だ。雑誌の取材でも、虫に魅せられた理由を「虫の体にはあらゆる美しい要素があると思うんです。薄い部分、細かい部分、厚い部分と、どれもがみな美しい。そして何よりもアニミズムを感じさせてくれる」と答えている。

もう一つの理由は、仏教哲学に造詣が深い仏師にとって、自然との一体感を唱えるアニミズムを体現しているからだろう。原始的であり、未来的な存在でありながら、一般のヒトには見向きもされない、いや、むしろ嫌われることが多い。その相矛盾する対象が創作意欲を導いたと考えても不思議ではない。地球上のあらゆるものには霊魂が宿るというアニミズムの究極を虫に見出したとしても不思議ではない。
実はもう一つ理由がある。それは虫や鳥への深い愛情だ。杜虫然氏を始め、この年代の方達にとって、幼少のころの虫との関わりは現代の子供たちとは格段に差がある。造形的、哲学的興味以上に、親しみを持っているのではないのだろうか。幼い日の記憶は永遠に忘れないものである。きっと、何かしらの影響を与えたのだろう。子供のころに身近な存在だった虫たちが、いつの間にか遠い存在、果ては嫌悪される存在になってしまったことを嘆いていたに違いない。




杜虫然氏のホームページ





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