刃上足歩(じんじょうそくほ)毎少思惟(まいしょうしい)
「刃の上を歩む」という、一歩間違えれば命を落とす極めて危険な状況を「毎回、少しずつ思惟する」ことで精神を鍛錬するという考えのもと、虫然師は作品を創り出した。そして、こんな言葉を残している。「日本刀の精霊・・名刀正宗の白刃の上を素足になり、すり足で歩く様な思考を毎晩十五分以上、十年間続けてみよう。今の貴方が想像出来ない様な鋭い感性と超人的集中力が備わっているはずである。・・・何?どんな思考をすれば良いのかって、先ず、それから思考をはじめなさい」そして、それをいとも簡単に行動するのが、カタツムリや尺取虫などの柔軟性を持った生き物である、と創作している。


鋭い刃を持つ刀でも、自分の身を相手に合せることが柔軟性を持ったカタツムリ(尺取虫)は己を切られることなく刃上を歩くことができる。また、このように刃の上を素足になり、すり足で歩く様な思考を続ければ、鋭い感性と超人的集中力を備えることができる。集中力を備えたカタツムリに対し、バッタのように、自在な力を誇示するものは歩くことはできず、己の重さ(過信)で真っ二つに切れてしまう。人間はカタツムリのように本来は生きるべきである。また刀によって切られた椿から火焔が上がっているが、これは不動明王の火焔である。煩悩や欲望から天界を守る火焔の世界に存在する不動明王の炎を表している。
その創作物の裏にある本質を知ると、その作品の味わいも深くなります。仏師の創作物は奥深いです。

杜虫然氏のホームページ





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