いつかの映画少年 極私的映画感  vol.2『スティング』

路地裏の映画少年
スティング ジョージ・ロイ・ヒル(1973)

 最初に取り上げたのが『灰とダイヤモンド』だったので、クラシックなヨーロッパの映画が続くと思われたかもしれないが、安心してください。2作品目はハリウッドの、それもエンターテインメントの限りを尽くした『スティング』である。

 ロードショーではなく、初見はテレビだった。確か水野晴郎が解説をしてたような。そしてレッドフォードの吹替が当時人気だった柴田恭兵だった。当時は録画のデッキなどなく、テレビの前で期待に胸を膨らませた記憶がある。それには理由があり、同じくテレビ放映で『明日に向かって撃て』を鑑賞し、主役の2人の格好良さに憧れ、まったく同じ2人が主演の映画があることを知ったからだった。当時は監督など興味がなかったので、監督も同じであることには興味を持たなかった。

 年代的にレンタルビデオ屋などなく、配信などもちろん無いので、いつかテレビで放送されることを唯一の可能性として、待ちに待った。それでも待ちきれなくなり、パンフレットを通販で買ったり、小説の文庫本を購入したりした。この映画はオチが重要なので、小説(と言っても原作はないので、脚本を小説にしたもの)を読むなんて反則級の禁じ手だったのだが、当時はほとんど本を読まなかったので、小説の意味がさっぱり分からなかった。恥ずかしながら己の読解力の低さに救われたのである。そんな状況での初鑑賞。もう、胸のすく最上級のエンターテイメントに酔いしれた。これぞ映画と一人満足した。初見前にオスカーを獲っていることは知っていたが、納得の受賞だと改めて感じた。ただ、当時だから、この騙しやどんでん返しも新鮮味があったが、現在ではあらゆるどんでん返しの作品が作られているので、そこだけを特化すると古いクラシックな作品になってしまうのだろうか。それでも、初めて見たときは、そのオチに思わず感激した。すでに文庫本を読んでいたのに、そのことに気づかなかったのは、ある意味、凄いことである。活字に親しみがなかったおかげだが、その後は結構、読書するようになったので、今ならば大枠の内容はわかったしまったかもしれない。まあ、あれほど二重、三重にも罠を仕掛けているのだから、今の読解力でもわからないかもしれないが。

 やっぱり主役の二人の姿に酔いしれたが、演出の小気味よさも味わえた。監督を初めて意識した作品であり、作品数は少ないものの、ジョージ・ロイ・ヒルは大好きな監督となった。この作品の後に、監督は主役二人と個々に映画を撮るのだが、どちらもロイ・ヒルらしい、ユーモアとペーソスに溢れ、小気味よい作品だった。特にレッドフォード主演の『華麗なるヒコーキ野郎』は、個人的にはロイ・ヒルの映画でも三本の指に入る作品。意外と面白かった、の第一印象。「意外」なのは、あまり期待していなかったことの裏返しである。

 主役の二人だけでなく悪役のロバート・ショーと悪徳警官のチャールズ・ダーニング、それに何と言っても音楽が良い。「ジ・エンターテイナー」(The Entertainer)。これは1900年代初頭に作られた曲だが、この映画のヒットと共に復活し、ビルボード100で3位を記録した。今ではスタンダードナンバーとなっているが、もう映画ありきの曲となっている。俳優の故西田敏行氏が主演した名作ドラマ『淋しいのはお前だけじゃない』の最終回にふんだんに使われていた。あの時も故財津一郎を騙す詐欺の話だった。学校を休んでいるときにたまたま再放送を見たが、「お!」と嬉しくなり、ニヤニヤとしながら楽しんだのを憶えている。テンポが良くて面白い話だった。

 どちらかと言えば、社会派が好みで、この手の映画はあまり好みではない。アクションもミステリーも恐怖も政治的背景もなく、テーマ性や衝撃も無い、最上級のエンタメ映画である。『スティング』だけは何度も鑑賞したし、これからも観るだろう。最後のレッドフォード演じるフッカーの「十分じゃないが、まずまずだ」のセリフだけは文庫本でも印象に残っている。この映画らしい粋(いき)な演出だった。

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