路地裏の映画少年

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いつかの映画少年 極私的映画感  vol.11『大怪獣空中決戦』

平成ガメラ3部作の幕開けとなった「大怪獣空中決戦」は、日本の特撮技術と怪獣映画の概念を変える作品だった。特撮監督が目立っていたが、監督である金子修介の腕前こそ評価されるべきである。
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いつかの映画少年 極私的映画感  vol.10『遊星からの物体X』

ジョン・カーペンターはB旧作品の監督して認められてきたが、この『遊星からの物体X』は、それまでの映画の概念を変える作品だった。1951年の『遊星よりの物体X』のリメイクにはなるのだが、シチュエーションは同じでもまったく異なる作品となった。ただ、異生物の侵入に対抗するだけの話ではなかった。
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いつかの映画少年 極私的映画感  vol.9『メメント』

『ダーク・ナイト』でその地位を確立したクリストファー・ノーランが世に出るきっかけとなったのが『メメント』という作品だ。10分しか記憶を保てない主人公、その記憶をポラロイドカメラで残し、そして映画は時間を遡って展開する。時系列、時間軸が得てして映画を難解にしてしまうのだが、ノーランは見事にエンターテインメント作品に仕上げた。ハリウッドはその才能に、この一作で気づいたのだ。
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いつかの映画少年 極私的映画感  vol.8『フルメタル・ジャケット』

スタンリーキューブリックの『フルメタル・ジャケット』は特異なベトナム映画だ。『ディア・ハンター』から始まるベトナムの反戦映画は『プラトーン』オスカーを獲るまでに至る。数多くのベトナム映画の中で、この『フルメタル・ジャケット』は異質だった。映画の半分が訓練風景で、そのシーンが凄まじいほど破壊力のあるコンテンツだった。
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かつての映画少年 在りし日のトンデモ映画

モンド映画はトンデモ映画であり、やらせの映画だ。しかし、当時の少年たちは、それが真実だと考えていた。過度な宣伝広告により、映画「グレートハンティング」は大勢の客を映画館に呼んだ。本当にライオンに襲われ、その人物は食べ殺されてしまった、ど信じた。それが、ヤラセであることが後から分かった時は、ガッカリよりもヤッパリだった。そんな残念な映画ではあるが、やはり時代を飾ったことに変わりはない。
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かつての映画少年 在りし日の動物映画

その昔、日本ではドキュメントタッチの動物ドラマが流行った。きっかけは野生のエルザ。その後、公開されたキタキツネ物語は長らく日本でも有数の数字を残した映画だった。その成功が多くの動物系の“物語”のつく映画は作られ、そしてヒットした。今ではドキュメントは衛星放送で流され、自宅でも鑑賞できるが、その昔は映画館で入場料を払って観るということが当たり前だった。
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かつての映画少年 在りし日の二本立てロードショー

二番館ではない、同時上映の新作映画パピヨン ドラゴン危機一発 かつて、というか、かなり昔の地方では二本立て上映が多かった。その組み合わせは一体、誰が決めているんだ、と指摘したくなるものもあった。初めてロードショーの洋画を鑑賞したのは、当時の...
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いつかの映画少年 極私的映画感  vol.7『イルカの日』

青い海とイルカたちの可愛い声。その印象がすべてだった。しかし映画はもっと意味深く、人間の愚かさを訴えていた。主役のジョージCスコットが珍しく愛情深い役を演じていたのも特筆すべきことだったが、イルカが主役の映画だった。そして今とは比べ物にならないほど色合いの落ちるブラウン管のテレビでも、あの海の青さだけは記憶に残った。
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いつかの映画少年 極私的映画感  vol.6『ジョーズ』

世間やマスコミでもジョーズの話題で賑わっていた時代。恐怖のサメ映画が日本に上陸するという謳い文句とともに子供たちは興味津々で期待に胸を膨らませた。若干29歳のスピルバーグ。当時は、その名前は日本では無名だったが、この1作でアメリカのナンバーワンメジャー監督となった。タワーリングインフェルノで頂点を迎えたハリウッドのパニックスペクタルは、その後は動物パニックと移った。その幕開けとしては十分な作品だ。
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いつかの映画少年 極私的映画感  vol.5『狼たちの午後』

この映画を観たことで、それまでの映画鑑賞とは異なる嗜好が芽生えたと言ってもいい。あまり格好の良くないアル・パチーノと、シドニー・ルメットのカメラワークと演出。日本の事件もののテレビドラマとはまったく違った。それまでパニックスペクタル映画を中心に鑑賞していたが、人間ドラマへシフトするきっかけとなった作品だ。ニューヨークの暑い夏の日の出来事に一気に引き込まれた記憶がある。