いつかの映画少年 極私的映画感  vol.7『イルカの日』

路地裏の映画少年
イルカの日 マイク・ニコルズ(1973)

 これはサスペンス映画である。ポリティカル・サスペンスの作品である。監督もマイク・ニコルズなので、正統派のサスペンス映画に仕上がっているが、個人的には異なった作品感を持っている。それは、青い海と美しい音楽、そしてイルカたちの演技によるところが大きい。
『イルカの日』という映画の存在を知ったのは、『ジョーズ』に始まる『オルカ』『ザ・ディープ』などの海洋パニック映画の流れからなのだが、すでにロードショーは終了していた。当時の少ない情報源では正確な内容を把握することは難しく、勝手に同じような海洋生物に襲撃される映画かと思っていた。子供の頃、図鑑で知的生命体のイルカが陸に上がり、人間が襲撃されるという絵を観たことはあるが、あまりにも現実味がなかった。その図鑑に載っていた「地獄絵」が怖く、死んだら、こんな世界に行くという恐怖に眠れなかった記憶はある。しかし、テレビの「わんぱくフリッパー」の影響もあり、「イルカ」に恐怖を抱くことなど全く持ち合わせていなかった。どんな映画なのか、興味は尽きなかった。鑑賞前にオリジナルポスターやロビーカード(解説付きの半ポスター)を新宿で購入。初めて映画関連の商品を扱うショップを訪ねたのだが、もう両手では抱えきれないほどのポスターを購入した。特に地方では入手できないロビーカードを気に入り、夢中で選んだのはいいが、あまりに多くの商品を選んでしまい、減らすのに結構な時間を要した。それらのポスターが今ではどうなったのか知る由もないのが残念ではある。
 ロビーカードで特に気に入ったのが本作だった。やはり、その海の青さとイルカが印象で、映画への期待はさらに膨らんだ。


 そんな準備万端な状態でテレビ放映を迎えた本映画は、やはり王道のサスペンス作品だった。『●●の日』というタイトルなので暗殺を描いた映画という淀川長治氏の解説は今でも頭に残っている。それでも青い海と美しい音楽は当時の中高生にも鮮やかに映った。当時のブラウン管テレビの色彩は、現在のデジタルテレビに比べれば格段に落ちるのだが、その時の目に映ったのはまぶしいほどの青だった。やはり部屋に貼られたポスターは間違いではなかったが、それ以上にイルカの声が可愛いながらユーモラスで、映画を上質な娯楽作品に仕上げていた。日本語の吹替えになるが、「ファー」とか「ボール」などはしばらく耳に残っていた。ただ、後ほど日本の吹替えは肝付兼太と知って少し落胆したのだが、日本の声優の奥深さを改めて感じた。

 ジョージCスコットのイルカへの愛情の深さが、ラストシーンを感動的にするのだが、ちょっと違和感はあった。嫌いな役者ではないが、愛情とは無縁な役が多かったので、最後まで疑ってしまった。でも良い役者であることは疑う余地はない。ただジョージCスコットがイルカのファーに告げる「もう人間とは話すな」「人間は悪い」は心に刻まれた。イルカの純真さが悲劇につながったのは悲しくて遣る瀬無い。そこにあの音楽が流れると、よけいに切なくなる。名作である。


 話は変わるが、この作品には原作があり、フランスの作家「ロベール・メルル」による執筆。あまり著名な作家ではないのだが、この映画のモデルとなったのが脳科学者「ジョン・C・リリー」と言われている。この人は異端の科学者で、イルカとのコミュニケーションの研究(著作「イルカと話す日」に書かれている)以外にもアイソレーションタンクを使った幽体離脱や前世体験なども研究している。こちらはケン・ラッセルの映画『アルタード・ステーツ/未知への挑戦』で映像化されている。しかしLSDを実験に取り入れるようになり、アメリカの科学界では完全な異端児と扱われた。
 イルカとコミュニケーションをとれたかは明言はなかったが、イルカの知能の高さを広め、クジラを含めた海獣の知的能力を認めたのは大きな功績ではあった。ただリリー自身は、著作権侵害で映画『イルカの日』のプロデューサーを訴え、お金は得たものの敗訴している。原作があるのだが、原作者を訴えた記録はない。このモデルとなった科学者と比べたら、主人公はなんと人道的な善人だろう。ただ演じた俳優はあまり私生活の評判は良くない。どちらも〝C〟があるのだが、これは偶然なのだろうか。

 イルカ同士では会話しているのだが、主に「ホイッスル(笛のような音)」と「クリック音(パチパチという音)」の2種類を使い分けているとのこと。まさに映画で発したイルカの鳴き声と同じなのだが、人間と会話までには至らない。ただ、シロイルカ(ベルーガ)は人間の声を真似することは確認されている。インコやオウムの仲間には模写から会話に進化した個体もいる。いつか、人間とイルカが会話する日が来るかもしれないが、この映画のように「人間は悪い。人間とは話をするな」と言わなければならないのだろうか。イルカのためには会話など無理してする必要はないように思える。

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