かつての映画少年 在りし日の名画座

路地裏の映画少年
かつて存在した東京の名画座で、見知らぬ映画たちと出会った

 大学生になり上京したのだから、もっと映画を観るのかと思っていたが、実際は大学生活を満喫したこともあり、それほど映画三昧の日々ではなかった。それに貧乏学生には映画は贅沢な趣味で、お金を使えないというのが一番の理由だった。住んでいたアパートから新宿に出るのでも電車賃が必要なので、その思いはより募った。映画鑑賞を仕事にしている人が羨ましくはあった。それでも、名画座の存在を知り、多くの古い映画の特集に足を運んだのは事実。まだレンタルビデオ店などなく(貸レコード店は辛うじて存在)、古い映画を観るのは名画座のスケジュールをチェックするしかなかった。その中でも特集は貧乏学生にはありがたく、多くの名作との出会いがあったのも確かだった。田舎にはない名画座が、この時代は大いに役立ったものだ。

 名画座で出会ったのは古いハリウッド映画ではなく、ヨーロッパの名作が多い。先にも述べたポーランド映画やヌーベルバーグのフランス映画、ネオレアリズモのイタリア映画、巨匠ならばセルゲイ・エイゼンシュテインをはじめ、フェデリコ・フェリーニ、ルキノ・ヴィスコンティ、フランソワ・トリュフォー、トニー・リチャードソン等々。色々と勉強させていただきました。

 しかし名画座を本格的に利用するようになったのは社会人となってから。やはり金銭的にも余裕ができ、学生の時のように休みも平日もないような怠惰な生活ではないので、日曜日(当時は週休2日制ではなかった)にメリハリをつけるために出かけることを義務付けていた。というか最初は寮暮らしだったので、休みの日まで寮にいることは情けなくもあったので、理由として映画を観るために外出するようになっていた。その時に利用したのが、何と言っても「三鷹オスカー」だった。

 三本立てがスタンダードで、アンジェイ・ワイダ特集の『ドイツの恋』『白樺の林』『ダントン』、ロメール特集の『海辺のポーリーヌ』『満月の夜』『緑の光線』、ベルイマン特集の『秋のソナタ』『ファニーとアレクサンデル』(こちらは長いので二本扱い)など、今となってはすべての作品名は浮かばないものの、有益な時間を潰させていただいた。クルマを購入しても、相変わらず名画座通いは続いた。それほど「三鷹オスカー」の存在はありがたかった。

 その後、転職して都内の仕事が中心となると、外回りが多くなり、空いた時間に名画座巡りをした。そこで、大いに利用したのが飯田橋の「ギンレイホール」。こちらは二本立てが多かったものの、仕事の合間がほとんどだったので、時間を有効的に活用できた。思い出すのはクシシュトフ・キェシロフスキの『ふたりのベロニカ』『トリコロール赤の愛』、なぜか『ナチュラル・ボーン・キラーズ』と『パルプ・フィクション』。前者は微妙な内容だったが、後者は万人が認める面白い作品だ。そういえば、有楽町のガード下の映画館で『ブッシュマン(当時名)』を観たけど、同時上映は何だったのだろうか。あそこは電車の音が上映中でも響いていたなあ。他にも高田馬場で『ガキ帝国』『十階のモスキート』を鑑賞。その時、井筒和幸の才能を知ったのだが、後の北野映画に比べると、今となっては安っぽさが目立っていたような気がする。その繋がりではないが日活ロマンポルノの複数上映も学生の頃、鑑賞した。根岸吉太郎の『狂った果実』はポルノ映画ながら感動した。それも安い上映だから出会ったことではある。確か飯田橋の「ギンレイホール」と同じビルにあったのだが、どちらも閉館となっているという。寂しい限りである。

 今となっては名画座などと言うものがあるのだろか。単館ロードショーで少し古い映画や、昔のハリウッド映画を早朝に上映するシネコンはあるが、あの新しい発見をもたらして、時間を持て余している若者に刺激を与えてくれる名画座が懐かしい。すっかり高齢になってしまったが、時間はあるので、名画座鑑賞をしてみたくもある。最近、池袋の文芸座がまだあることを知った。新文芸座という名前だが、かつてはオールナイト上映で有名だった。もちろん朝まで続く映画すべてを観た記憶はなく、結構な本数は睡眠時間となっていた。かつてのように本当に朝まで上映しているのかは不明だが、このまま頑張ってほしい。ピーター・フォンダの『ダーティー・ハンター』を上映しているらしいが、相変わらずのセンスに唸ってしまう。サブスクでも十分なのだが、やはり映画鑑賞時の心構えが違うので、実際に名画座を味わうと小さいモニターでは物足りなさを感じてしまう。ただ1日を潰さなければならないので、時間を相当持て余している必要があるのは、倍速で映画を観賞する若者には受け入れられないだろう。

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